如果这个时候,窗外有风,我就有了――飞的理由
知らない息子
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下一篇 2009-01-30 00:26:46
/ 个人分类:宝宝纪事
息子はもう3才半になった。前よりはたいぶ楽になったと感じだが、実をいうと、仕事を始めて以来、私はほんどんと何もしてあげなくなった。保育園の送迎はパパがやってもらっているが、夕飯はお祖母ちゃん家で食べてる。その後、パパと一緒にお家に帰るけど、パパの職場が近いから、どうしても私より先だ。だから、私がやるのは寝かすことだけ。息子もそれを寂しく感じでいるのか、普段はママがいなくても全然平気ですが、寝るときだけ、どうしてもママと一緒に寝たい。でも、これは私がいる時限り。さびしいことで、もし就寝時間に私がちょうどいない場合、また全然大丈夫。事後、“泣いた?ママを探した?”と、よく旦那に聞いたが、いつも:“いいえ、全然!”と返された。
ある日、家族3人がお祖母ちゃん家に行った。昼食後眠くなったのか、息子は私をギューと抱かして、“ママ、ママ”と連パツ。それを見たお祖母ちゃんは:“え~、甘えてるんだ、珍しいね~”と。毎日はお祖母ちゃんちにいるけど、一回でも“ママ”を呼んだことがなかったらしい。また、一回、爺ちゃん祖母ちゃんたちに仙台の親戚宅に連れられて遊びに行った。息子は初めて両親のいない他人のうちに一泊するのにも関わらず、滞在中終始上機嫌で、パパ、ママのこと一回でも呼んだことがなかったらしい。 最初随分心配していた爺ちゃんが、それにとっても驚いて感心したそう。
一緒にいる時間が少なくなって、知らない息子のこと益々多くなった。特にしゃべるようになって以来、時々何を言ってるのが、全然わからない。発音がまだ正しくないのは原因もしれないが、でも、いつも一緒にいるパパがやっぱり私よりよくわかる。例えば、去年の冬この頃、お食事の時、息子はよく “アカワイン” と言うの!何?赤ワイン?? すると、パパは:“お替りのことだよ” と教えてくれた。また、一時、息子は“あたまからぺちゃんこ、ぺちゃんこ”と歌ってるよう。何?あたま?ぺちゃんこ?ホラー映画のなにか??不思議に考えていたら、パパは “頭、肩、膝ポン、膝ポンの歌だよ” と教えてくれた。 あ、この時ちょっとショックだったな。2歳前に、いつも私はパパの通訳役なのに、寂しかった。
でも、パパに教えられたことは一方的に増えている。例えば、“おめめぼし”は“梅干し”のこと。なぜが息子は重ねていう言葉に弱いらしい。ある保育参観日、珍しく私が行った。途中“森本”と言う先生に会ったが、興奮している息子は“もりもり先生”と呼んだ。知らずしらずの私が真似して“モリモリせんせい”と挨拶したが、みんなに笑われた。後、パパに判明され、それはモリモト先生だった。
もっとも驚いたことは、今回新正月に帰国の時だった。親戚の甥、息子の従兄にあった。息子は一目ぼれしたように、この“哥哥”が大好きだ。すぐ自分の好きなトーマス機関車を哥哥に渡して、哥哥の隣の席に座らさせてもらって、大好きなディズニーのDVDを一緒に見ようと。まだ止まらないみたい、今度一生懸命お話をかけ始めた。これは息子は質問です:
“哥哥のお名前は何?”
“男の子と女の子、どっちが好き?”
“好きな食べ物は何ですか?”
“ドナルドとミッキーはどっちが好き?”
“。。。。。。。”
残念ながら、この哥哥は日本語がわからないの。ただただ、かわいいメガネをかけてるお目目を丸くして、息子を見つめていた。隣の私、ただただ驚く!爆笑!通訳なんか全然できなかった。こんな質問する息子を初めてみた!しかも、何何何?男の子?!女の子?!どっちが好き?! いつからそんなことを考え始めたの?!
お前、まだ三、三才、まぁ、三才半のくせに!

すると、返事をもらえなかった息子は、ボーとしている哥哥を見てまた一言:
“どうしたの?眠いの?”


あ~、私は涙が出ていた。笑いすぎで出たのか、この知らない息子を見て、寂しくなって出たのか、しらないわ。




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